安倍首相は説明責任を「放棄」

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2015年03月05日 08:20



安倍首相は説明責任を「放棄」

以下、神奈川新聞より転載

◇独日刊紙 カーステン・ゲアミス記者

「日本外国特派員協会はこの2年間、毎月、安倍晋三首相に取材を申し込んできたが一度も実現していない。日程が合わないという理由だが、こちらはいくらでも調整すると申し出てきた。北朝鮮でさえ、外国人メディアの質問には答える。情報統制が激しい中国にいる同僚だって共産党幹部に取材する機会は与えられている。政府には説明責任というものがあるが、安倍首相は放棄している。

 外国特派員協会は厳しい質問や批判で知られる。だが、批判には意味がある。海外メディアから批判されるということは、その国の政策が全く理解されていないという裏返しだ。

 そもそも日本政府は非常に内向き。来日して5年間、閣僚にインタビューを申し込み続けた。40回を超えるが、返答があったのは3回だけで、それも取材を断るという回答だった。

 過去の歴史をもみ消し、日本が被害者であるかのように振る舞う安倍首相の言動も国際社会での日本の立場を孤立させている。

 従軍慰安婦をめぐる問題で日本政府は二枚舌を使っている。旧日本軍の強制性を認めた1993年の河野洋平官房長官談話を継承するとした一方、外務省のホームページから強制性に触れた文章を削除した。国内外で説明を使い分けている国を一体、どこの国が信頼するだろうか。

 日本のメディアも内向的で、権力に同化しているように映る。日本の国債の格付けが下がったニュースをメディアはどう報じたか。日本経済が危険な状況に陥っているにもかかわらず、扱いは小さいと感じた。

 同様に格下げとなったイタリアでは主要紙は1面で大々的に報じた。政策が機能していないことの表れで、国民に知らせる必要があると判断したからだ。

 ジャーナリズムは独立した機関として権力を監視する役割を担っている。日本のメディアはその意識に欠ける。最多の部数を誇る読売新聞は安倍政権をほとんど批判しない。もはや政府の広報紙だ。

 選挙の投票率は戦後最低だった。これでは安倍政権が信任を得たとはいえない。安倍首相は選挙後、憲法改正の意欲をあらためて示したが、日本人がいま最も関心があるのは歴史修正や憲法改正ではなく、経済の安定だ。

 政治家家系の安倍首相や麻生副総理は自らの家柄や祖先に誇りを持っているのかもしれないが、国民のために仕事をすることに誇りを持つべきだ。」

○ドイツ日刊新聞「フランクフルター・アルゲマイネ」東アジア特派員。政治、経済を中心に執筆している。

【神奈川新聞】

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