2009年12月28日
「すぐ謝る日本、謝らないアメリカ」
家族にも、親戚にも多くの友人にも話していないことですが(このブログで書いたかな?)、20代の時、アメリカ、カリフォルニア州ロサンジェルスのハイウェイで交通事故に遭いました。片側4レーンのハイウェイだったのですが、大きなカーブのところでスピンをしながらこちらに向かってくる車を見たとき、自分は大けがをする、と思ってしまいました。
幸い、車の運転をしていた友人の判断がよく、誰もけがをせずにおさまりましたが、スピンの車が彼の車の前方部分にぶつかったため、大きくへこみ、車は動いたのですが、ちょっと妙な音が止まりませんでした。じぶんも肩のところを痛めたような気がしました(大丈夫でしたが)。また、搭乗予定の飛行機に乗ることもできませんでした。
何よりも驚いたことは、ぶつかってきた方が、まったく謝らない、「大丈夫か」の一言もない、ことでした。「すぐ謝る日本人、謝らないアメリカ人」ということはよく聞いていましたが、その事故のように明らかに相手が悪いのに、まったく謝らないどころか、自分たちがぶつけた車に乗っていた私たちを心配する様子もまったくないことにはあきれました。もちろん、すべてのアメリカ人にあてはまることではないでしょうし、多くのアメリカ人は彼らのような態度をとらないと信じたいと思います。
実際、アメリカで生活をすると上記のような話は少なくありません。ミシシッピで留学中、知り合いの日本人は車をいつもきれいにしていたのですが、ある日、後ろの部分が大きくへこんでいたので、何が起きたのか聞きました。
その日本人学生は、キャンパス内の駐車場で、バックで車をゆっくり出していたら、アメリカ人学生が運転する車にぶつけられた、と話していました。そして、その場に警察がくるやいなや、そのアメリカ人学生は、「この子がぶつかってきたのよ」と怒りながら訴えたそうです。バックで車を出していて、どうやって、ぶつかっていくことができるのでしょうか。その20歳前後の学生は最後まで、その日本人学生に怒っていたといいます。
最近の日米関係を見ていて、上記のような話を思い出してしまいました。
日本政府と同様、アメリカ側も名護市辺野古でのアメリカ軍の新しい基地建設には地元と環境団体(アメリカの多くの環境団体も含め)の根強い反対があることを承知しているわけです。しかも、その根強い反対のため、最初の「海上基地」建設計画は頓挫したという事実があるにもかかわらず、日本の現政権がこの計画は実現が困難と見ると、一方的に日本側を批判する、そして、日本のどこの大手マスコミもその批判の声を一方的に拡声器のごとく伝える、ということだと思います。つまり、メディアを利用して、大声を出した方が勝ち、だと。
沖縄県名護における米軍新基地建設問題に関して、以前、ワシントンのシンクタンクの著名な研究員に「普天間基地の閉鎖が決まってから10年以上もこの問題が動いていないことは日本側に問題があるように報じられているし、アメリカの国務省の役人もそれは日本の国内問題だ、と言っていた」と言うと、そのアメリカ人の研究員は大笑いして、基地の問題が動いていないのは「両国政府に問題があり、両国政府に責任がある」と強調していました。
また、今回の普天間基地「移設」問題で露呈された点は、「日米同盟」とはアメリカと日本ではなく、アメリカと自民党プラス官僚との関係であったということ(しかも、その関係が半世紀以上もほとんど絶えることなく維持されてきた、日本の政治家のなかにはアメリカCIAのエージェントだったものもいた)、しかも、民主党が力をつけてきてもその民主党との関係を発展させてこなかったアメリカ政府側の落ち度だという声もあるのです。アメリカ政府は自分たちのミスを隠したい、また、ミスを認めたくないがために民主党政権を批判し続ける、と見ることもできるわけです。
報道界よ「いい加減にしろ!恥を知れ!」
「『絶望の裁判所』 元判事が司法の腐敗を告発する」
福島県双葉郡浪江町へ
愛媛県松山市で
「自民党に入れた票は赤紙となって返ってきます」山本