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2009年10月30日

at 素夢子


素夢子  
タグ :素夢子


Posted by take at 21:00Comments(0)京都

2009年10月30日

京都の記者クラブ


京都の記者クラブの一部
上が市役所内
下が府庁内
役所の部屋も、電気もまさかただで使っていないだろうなぁ。
それにしても、自分たちの会社から取材に来ればいいと思うのだけど。
やはり記者クラブは絶対に廃止するべきです。
  


Posted by take at 15:49Comments(0)京都

2009年10月30日

「名刺」と会社のロケーション

「日本って名刺社会ですよね」昨晩、知り合いの一人と会ったときに聞かれた。

バーで初対面の男性が、話しかけてきたが、いきなり、会社の名前とそのロケーションの話だったという。何かかわいそうな方だ。

 


「自分の名前を言う前に会社の名前を言ってくるんですよ。『ところで、あなたは誰?』という感じでした」

 

この彼は会社のロケーション(六本木)をみょうに強調していたらしい。彼女が渋谷で働いていると言ったら、彼女のことを「渋谷というより汐留にいるタイプ」だって。「汐留タイプ」ってどんな感じなのだろう?

 

この男性の興味深い言動はこれだけでなかった。名刺を渡されたが、彼女が両手で名刺を受取らないことにその場で「説教された」という。しかも、左手に持っていたグラスをさっと抜き取られて、「名刺は両手で受け取るもの」と言われたという。「おっかな~い。DVタイプですよね」って聞かれた。


「初対面で、しかもバーでしょ。すぐサヨナラしました。『この名刺が目に入らぬか』という水戸黄門的な感じでした」と彼女。

 

私のまわりにはDV被害者がいるし、もちろん、取材でDV被害者の話を聞いてきたが、彼女の周囲にはほとんどいないようだ。それにしても、DV問題に関してかなり詳しかった。自分で本で読んで知ったのだという。一時的な「優しさ」と暴力のサイクルのことに関しても話していた。

 

以前、被害者以外のインタビューで、国会議員や議員のスタッフ、シェルター運営者に話を聞いたとき、だいたい共通していたことの一つは、記者がこの問題に関してまったく無知なので、最初から説明する必要があり大変だった(前もって調べていかないのだろうか?)、説明したわりには記事になっていなかった、記事になっていても取り上げ方が小さい、ということだった。問題の深刻さもわかっていないのだろう。

 

  
タグ :DV


Posted by take at 10:53Comments(0)DV

2009年10月29日

「日本は変わらない、変わらない」と言われるが

先日、福祉の仕事をしている知り合いを埼玉県の田舎の駅前で待っていたら、駅のエスカレーターを降りたところで、しばらくの間、彼は男の人に話しかけられていました。何を聞かれていたの、と尋ねると、その男性はボランティアで車いす利用者の介助を始めたらしく、車いす利用者とともにエスカレーターを利用するときの注意点を彼に確認していたということです。実は、その知り合いもその時、車いす利用者の介助をしているところでした。その話を聞いて、思わず、「日本もほんとうに変わった」と言ってしまいました。

 

15年前には「ボランティア」などという言葉はほとんど聞かれませんでした。1995年1月17日に起きたいわゆる「阪神・淡路大震災」で、いざという時の政府の対応が遅れ「人災」などと批判される一方、多くの人々が現地に入って救助活動をしました。その震災以降、ボランティア活動がとくに盛んになり、市民団体の活動の重要性、市民団体と行政の協働の重要性も一層認識されました。また、NPO法なども制定され、NPO団体などが国中に設立されたのです。

 

二日前に訪れた埼玉県の障害者施設でも、幅広い年齢層が、さまざまな形でボランティアをしてくれると施設の人が言っていました。例えば、その施設に入ってボランティアをする人以外にも、洋裁のボランティアをする人がいたり、子どもたちが訪れ障害者のために歌を歌ったり、ボランティアがその施設でも重要な役割を担っていることを知りました。ちなみに私の親戚の子どもたちも高齢者施設を訪れダンスのパフォーマンスを行ってきました。

 

日本は「変わらない、変わらない」と言う海外の専門家もいますが、毎日毎日変化しているのですね。そんな記事を大震災のちょうど10年後の2005年1月に書きました。

Japan quake legacy: volunteering


 

  


Posted by take at 12:37Comments(0)日記&その他

2009年10月29日

記者クラブは「知の鎖国」の象徴

 

以下は、世界中で読まれている「インターナショナル・ヘラルド・トリビューン」に1993年6月16日に掲載された記事の一部です。日本に詳しいカリフォルニア州立大学サンディエゴ校のチャーマーズ・ジョンソン教授が書いたものです。今から16年以上も前の記事の中で「記者クラブ」が批判されており、それが世界中で読まれていたわけです。


Artificial Cartels of the Mind Justify Distrust of Japan

By Chalmers Johnson

 

Japanese newspaper readers themselves depend on news that has
been obtained under an implicit agreement that, in return for
access to a government agency, political party or industrial group,
nothing embarrassing will be printed…..
Until Japan relaxes these cartels of the mind, its process of
internationalization is meaningless.

 

 

「日本の新聞の読者は、(新聞が)政府省庁、政党、企業グループなどへアクセスできる見返りに、彼らが困るようなことは記事にしないという暗黙の了解のもとで書かれたニュースに頼っている。(中略)日本がこのような知の鎖国状態を緩和しない限り、日本の国際化の過程など無意味だ」

 

記者クラブの閉鎖性が含まれる「知の鎖国」という表現はアイヴァン・ホール氏の書のタイトルである「知の鎖国 - 外国人を排除する日本の知識人産業」を参考にしました。

 

自分たちに都合の悪いことは無視しがちな大手メディアはもちろん「記者クラブ問題」を報道してきませんでした。大手メディアを守ってきた多くの「知識人」や政治家の方々も問題視してきませんでした。社会のためにはまったくなりません。そもそも政府や警察の中だけにいて、「ニュース」を「報道」していること自体に問題があります。しかし、そのようなシステムに慣れた人々が現在新聞の記事を書いたり、社説やコラムを書いたり、テレビでコメントしたりしているわけです。ある意味、すごい、です。

 

  


2009年10月28日

記者クラブは税金の無駄遣いです

以下、共同通信の10・21の記事ですが、「開放」ではなく、記者クラブは絶対に「廃止」すべきです。繰り返し主張しますが。

 

なぜ、一部の企業が文部省内の部屋を家賃も電気代も払わず(おそらく、どの省庁でも、警察、都庁、県庁なども同じことがおこなわれている)、使うことができるのでしょうか。これこそ、長年行われてきた、しかも、ほとんど誰も指摘してこなかった、税金の無駄遣いです。

また、記者会見をなぜ「記者会」が主催するのでしょうか。主催はあくまでも、文部科学省側、つまり政府側であるべきです。あたりまえです。

 

文科省が会見開放を打診 記者クラブに文書で

文部科学省は21日、文部科学記者会に対し、文科相と副大臣の記者会見を記者会所属の報道機関以外のメディアにも開放するよう文書で打診した。

 文書は広報室名で提示。他省庁の記者会見でも同様の動きがあるとして「開放化の方向で検討する必要があるのではないか」と記している。

 その上で(1)従来通り記者会が主催し、幹事社が進行する(2)参加者は記者会が文科省と相談して作成する一定の基準に沿う記者(3)記者会の幹事社に申し込み後に参加の3点を挙げ、28日までに回答するよう記者会に求めている。

 記者会見をめぐっては、9月に岡田克也外相が省内で行う会見を全メディアに開放。原口一博総務相もオープン化を求め、首相官邸や環境省、金融庁も役所側が同様の提案をしている。

(以上)

(共同通信 10・21)

 

  


2009年10月24日

「民主党政権下での市民運動の課題」

以下のメールが届きましたので、掲載します。残念ながら、私はちょっと行けそうもありません。このような会合の内容はプロパガンダばかり消費している人には驚きです。

 

テーマ:民主党政権下での市民運動の課題
日時 :10月25日(日)午後1時30分開始
場所 :文京区民センター(地下鉄後楽園駅・JR水道橋駅)
参加費 :700円(共催なのでアカデミー会員も必要です)
報告:村岡到(政治の変革をめざす市民連帯)
林克明(草の実アカデミー)
共催:基地のない平和な沖縄をめざす会      

草の実アカデミー
      
政治の変革をめざす市民連帯

 

 8月30日の総選挙で民主党が308議席の圧勝となり、民主党中心政権が成立しました。

 私たち
──基地のない平和な沖縄をめざす会、草の実アカデミー、政治の変革をめざす市民連帯──は、それぞれの課題を軸に活動していま す。新しい情勢の急展開のなかで、共通する関心も あり、意見交流の場 を創ろうということになりました。
フロアからの発言・討論を重視して います。いろいろな考え、今後のとるべき行動など、みなさんの意見を聞きたいのです。

 

  


Posted by take at 17:59Comments(0)日記&その他

2009年10月24日

大手新聞社の面接で

以前勤務していた会社でのことです。ある日、今までほとんど話したこともないアルバイトの大学生(会社では「インターン」と呼ばれていました)の1人が、就職試験の面接でうまくいかなかったので「絶対に落とされる」、どこか紹介してくれないか、と頼んできました。彼女にはあまりよい印象がありませんでした。というのも、勤務中なのに、社員や他のアルバイトの学生とよく騒ぐスーパーキッズというような印象を持っていたからです。この会社には社員にもそんな緊張感のないスーパーキッズがいたので、「正社員」でもほんとうにたいしたことないんだと思っていました。

 

私がテレビ局や出版社に知り合いがいると誰かに聞いてきたようですが、知り合いはあまりいないし、いても、あまり助けにならない、と言いました。しかし、彼女が、こちらをじっと見ながら話し続けたので、内容はよくおぼえています(というかその後メモしました)。

 

彼女は大手新聞社を受け、面接までいったのですが、その面接は、面接官は女性が1人だけ、あとはすべて「おっさん」ばかりで、目を見て話を聞いている人は1人もおらず、「おっさん」のうち数人はタバコをふかしながら質問をしてきたと彼女は私に言いました。彼女はそんな横柄な態度に憤慨、機関銃のように愚痴を私のデスク上に連射していきました。相手にされなかった、と思ったせいか彼女はパスできないと思ったのでしょう。

 

とりあえず、その場で出版社の知り合いに連絡を取ってみました。彼女は私の機嫌をとろうとしていたのか、「こんど一緒にお食事でも」などと就職から横道に入っていくような話もしてきました。あと、私が聞いてもいないのに、彼女は自分の父親が某省に勤める官僚で、一家はワシントンに住んだことがあり、自分が東大生だということもしきりに話してきました。そんな彼女の話を聞いているうちに、「彼女は絶対面接にパスした」と思いました。

 

しばらくたってから、会社の2階のキッチンのところで、彼女を見かけたとき、いつもの様子と違うと感じました。何か神妙な顔つきで私を視界に入れようとしない様子でした。その様子を見て、「あっ、やはりパスした」と思ったのです。今度は一転して私から距離を置きたいのだなと思いました。おそらく今も新聞記者をやっていることでしょう。彼女のようなスーパーキッズでもジャーナリストとして雇う新聞社も寛大ですね。でも、読者にとってはどうなんでしょうね。

 

  


Posted by take at 00:17Comments(2)雇用

2009年10月21日

「普天間」問題に関する、読売と沖縄タイムスの記事

大手メディアの報道から、メディアは普天間基地の県内移設を強く望んでいると感じるのは私だけでしょうか。そもそもなぜ普天間が閉鎖されることになったのか、なぜ、10年以上もこの問題にまったく進展がないのかほとんど報道されていません。突然、降って湧いてきたようなこの問題を一般国民が理解できるよう報道ができないのでしょうか。それとも、「国民はとりあえず黙って税金払っとけ」という態度なのでしょうか。

次の二つの記事は興味深いです。

 

「米の沖合移動容認 知事が歓迎」

(読売新聞)10月19日

(以下記事の抜粋)

米海兵隊普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の移設問題で、キャンプ・シュワブ沿岸部(同県名護市)に造る代替施設について沖縄県が求める「沖合移動」を米政府が50メートル程度なら容認すると表明したのを受け、仲井真弘多(ひろかず)知事は19日、「県の要望に沿って結論が出てくるのはいいこと」と歓迎した。その上で県外、国外移設を模索している鳩山政権に対し、移設問題の早期決着には現計画が望ましいとの見解も改めて示した。

(以上)

しかし、この記事の後半では次のように「歓迎」した知事の「不満」も書かれている(以下抜粋)。

だが、沖合移動の距離を50メートル程度と限定したことに対しては不満を示し、「政治的に決めるものではなく、技術者が決める話」と、今後の環境アセスの中で環境への影響の観点から決めていくべきだとした。

(以上)

 

「知事、「沖合」決着は否定/普天間 米高官発言/「多くの意見 クリア必要」/移動そのものは評価」

沖縄タイムス 10月20日

(以下記事の抜粋)

 米軍普天間飛行場の移設計画をめぐり、日本政府が滑走路位置の沖合移動を提案した場合、「検討する」と容認姿勢を示した米国防総省高官の発言を受け、仲井真弘多知事は19日、「アセス準備書に対し、沖合へ寄せるという意見を書いたので、そういう線に沿って結論が出ることはいいことだ」と評価した。その上で、沖合移動のハードルを越えれば決着に向かうか、との問いに「沖合だけではない」と否定的な見解を示した。

(以上)

 

なるほど、仲井間知事のまったく同じ話を聞いても書き方(とくに見出し)はそれぞれ大きく異なるわけですね。まったく同じような記事は望みませんが、あまりにも政府の意向に沿う記事もかなり問題です。

 

  


2009年10月20日

八ツ場と普天間に関する偏向報道

八ツ場と普天間の問題に関する偏向報道

 

メディアが今までほとんど伝えなかった八ツ場と普天間の問題が突然降って湧いている。それでは、今、中立な報道がなされているかというと、あるいは、少なくともこれらの問題を理解するのに役立つ報道がなされているかというと、ほど遠い。それどころか、メディアは再び政治ゲームを始めている。自分たちが政治屋になっているのだ。

 

八ツ場ダム建設中止に反対する知事や住民の声に対しては、メディアは「拡声器」の役割をする一方、ダム建設反対派の声はほとんど聞かない。

 

八ツ場ダム建設中止に反対する地元住民の声は何度も何度も繰り返し聞くが、普天間飛行場の県内移設に反対する地元住民の声はほとんど、あるいはまったく聞かない。大手メディアの沖縄の基地問題に関する報道はかなりひどいと沖縄の地元ではよく知られている。

 

例えば、次のような事実はほとんど、あるいは、まったく知らされていない。でてくるのは、沖縄の仲井間知事のコメントばかり。

 

2009年5月14日 沖縄タイムス

普天間飛行場代替 県内移設反対は68パーセント

(ちなみに賛成は18パーセント)

 

2009年10月18日 沖縄タイムス 

数万人の動員目指す 反基地県民大会 実行委総会 翁長市長も参加

(那覇市の翁長市長は自公支持層に影響力があるとのこと)

 

  


2009年10月18日

メディアから見る「現実」

先日、ある人が、新聞やテレビからの情報は「信じなくてはいけない」と話していました。そうでしょうか?

 

新聞やテレビから知る「現実」は権力に都合のよい「現実」です。大手メディアのジャーナリズムには、日本の社会を反映させようという態度がまったく見られません。

 

記者クラブの問題でもわかるように、大手メディアと政府にとって都合の悪いことはほとんど報道しません。

 

新聞の文字が大きくなったことにより、「読みやすくなった」という読者の声は大きく紹介しても(つまり、自分たちの宣伝になるから)、これは事実上の値上げではないか、という批判の声は同じような取り上げ方をしません。まぁ、新聞社の中にもこの「値上げ」に気がつかない方もいるようですが。

 

多くの人が、政治的(政党、政治団体など)、経済的(企業など)、社会的に(宗教団体など)メディアを利用したいと思うでしょう。また、自分たちに都合のいい「現実」をメディアに報道してもらいたいと思うでしょう。力はかなり衰えているといえ、やはり、日本における大手メディアの影響力は強大です。メディアの仕事をしている人であれば、そのような利用したい勢力に気を付ける必要があります。

 

日本の大手メディアの問題は、そのような勢力に気を付けるどころか、彼らに直接的、間接的に協力していることです。例をいくつかあげると、政治で言えば、新聞業界は政治家(ほとんどが自民党議員)に献金もしてきました。経済で言えば、報道番組のスポンサーの企業や新聞紙面に広告をうつ企業に「親切」なだけでなく、鳥越俊太郎氏、国谷裕子氏や岸井成格氏のようにそのコマーシャルや広告に登場してくるので話になりません。ジャーナリストがコマーシャルや広告に登場することにより、ジャーナリズム全体の信頼を落としているのです。このくらいのことは、大学のメディア学の授業でもちろん教えていることでしょう。そういえば、鳥越さん、一時、関西大学のメディア学の教授さんでしたね。

 

  


2009年10月17日

「逢坂誠二の徒然日記」から見えるジャーナリズム

いろいろな方のホームページやブログを見たり、届いたメールマガジンに目を通したりします。その中でも本来のジャーナリズムを考える上で参考になるものがたくさんあります。次はその一例です。

今年8月1日の民主党衆議院議員「逢坂誠二の徒然日記」です。政治家のメールマガジンやホームページの「日記」等は自身が何をしたというような「報告」が多いのですが、逢坂誠二氏のこの日のメールマガジンは地元の声をよく反映させています。

 

(以下、8月1日付けの「逢坂誠二の徒然日記」です。)

 

投票日まで29日。公示日まで17日。

8月です。

今日も薄雲の広がる朝ですが、雨も降らず、路面も濡れていません。

ホッと一安心です。

しかし、気温もさほど高くなく、これで8月とは言えない雰囲気です。

昨日、森町のカボチャ畑を見ましたが、実の成りが少なく、収量が激減しています。

天候不順で、着果できない、着果しても落果する、こんな状態です。

今後、天候が良くなって、どの程度、回復するかは、未知数とのことです。

カボチャに限らず、作柄が何とも心配です。

1)お茶懇&国政報告会
昨日は、森町内三か所でお茶懇、北斗市で国政報告会を開催しています。

森町でのお茶懇は、極めて多様な意見が多数出されました。

またお茶懇だけではなく、地域を歩いている中でも、多くの意見を聞いています。

== 主な意見等 ==

・ 年金の将来が心配
・ 生活できない高齢者が少なくない
・ JAを通した補助はコスト高になる
・ 自民党政権のもとでは、
  (何かの報復があることをおそれ)
  ストレートに話ができなかった
・ 護岸工事が必要
・ 海岸への漂流ゴミが多い
・ 海水温が上がっている
・ 海に変わった生物が増加している
・ 漁師ですら驚くほど海が変化している
・ 魚の養殖施設が必要
・ ホタテ養殖費用の6%程度がごみ処理料
・ ホタテ養殖費用に見合った販売ができない
・ 漁師が減るなら、養殖量を増やして欲しい
・ 漁業は後継者に優しくない仕事
・ 豊かではなくても良いから
  安心して暮らせる日本にして欲しい
・ 民主党政権でも良いが、
  自民党じゃなきゃダメとはならないように
・ 実行力と結果が大事
・ 国会議員は国全体のことを考えることが重要だが、
  地域への利益誘導も大事
・ 民主党は公共事業を減らすのか
・ 災害時の国道5号代替路が必要
・ 議員も公務員も削減すべき
・ 弱い人に配慮した政治を
・ 天下りは絶対だめ
・ 両親の稼ぎで子育てができるように
  賃金を配慮すべき
・ エネルギー源の確保が重要
・ 食料自給率を上げるのは必至
・ 魚がとれない
・ 民主党は年金改革ができるのか

== 以上、主な意見 ==

こんな意見を中心に、
とにかく多様な意見が出されました。

こうした発言をする場がなかったとか、
選挙が終わったらもっと話を聞いて欲しいなど、
とにかくコミュニケーションを
強く求めている声も多く出されました。

各会場とも時間不足で、
今後、こうした場をさらに数多く持つ必要を
強く感じています。

参加された大勢の皆さんに心から感謝します。
(以上)

 

  


2009年10月16日

「外国人は。どうでもいいんだ」石原都知事

次のリンクは石原都知事の記者会見の一部です。ジャーナリスト横田一氏が質問しています。いつも思うのですが、なぜ、この方が「国際都市」東京の知事さんなのでしょうか。新聞の第一面にでかでかと意見を掲載させてもらったり、頼みもしないのに(実際頼んでいたりして)イメージ・メイキングをしてくれたりすれば、海外でどう見られているかなど気にならなくなりますね。

(以下抜粋です。全文はこちら。)

横田

オリンピック招致でですね、海の森を整備する一方でですね、同じ規模の東京近郊最大の里山の南山をですね、つぶしてニュータウン開発せよという事業に都が48億円投入しようとしている(稲城市・南山東部土地区画整理事業)と。これが環境オリンピックと矛盾するんではないかと。国連の、あの

知事
あなたね

横田

平和大使のポール・コールマン(環境活動家)さんが手紙でオリンピック招致のマイナスになるんではないかという手紙を知事あてに送られているんですが、南山開発に対するご見解、あるいは

 

知事

東京のことをよく知らない外国人がね、口を入れてくるのは、あなた自身がだな、要するにその人間に肩持ってものを言うならね、東京の10年計画(緑の東京10年プロジェクト)ってのは知ってるのかい、緑に関する。

 

(中略)

 

いや、ポール・コールマン、知らないわ、外国人は。どうでもいいんだ、そんなのは

(以上)

 

  


2009年10月16日

霍見芳浩 「東京五輪招致」に関して

以下は、ニューヨーク市立大学の霍見芳浩氏にいただいた論文の抜粋です。石原都知事のイメージ・メイキングが得意なメディアからでは分からないことが書いてあります。

 

 

IOCも世界も、「東京五輪招致」は、国粋右派で偏狭で外国人嫌いの石原慎太郎知事が、自分の政治力誇示と、これまでの東京都失政隠ぺいの為に無理押ししていると知っていた。IOC委員の多くは、「石原五輪誘致」は、古代ローマ帝国の末期に腐敗した皇帝が、ワインとサーカスをふるまって、市民の反感をかわそうとしたのと同じと見ていた。

 

しかも、「環境保全のグリーンの東京五輪」のスローガンは、不人気の石原知事が今春、ツケ焼刀でデッチ上げたものだった。5月に国連の「平和大使」のポール・コールマン氏が東京を訪ねて、石原知事の里山(稲城市)のニュータウン工事が自然を破壊していると非難していた。すると石原知事は「外国人のくせに」と国連派遣の環境専門家をののしった。これが、IOCに直ちに伝わった。シンタロー知事が、米欧人を「毛唐」、中国人を「シナ人」呼ばわりするのも、IOCには知れ渡っていた。

 

 IOCはじめ、世界の目は、「なぜ、鳩山首相が国粋右傾化と傲慢な日本の象徴の石原知事のオリンピック誘致に加担したのか」という日本不信の疑惑に満ちていた。鳩山首相は、世界での石原知事のイメージと重なるのが、いかに日本にとっても、本人にとってもマイナスなのかは気付かなかったのだろうか。石原知事は日本国民の多くが8月末の総選挙で拒否した「醜い靖国カルトの自民党日本」の象徴なのである。日本の外務官僚や商業大メディア人には世界で日本はどう見られているかの国際感覚は無い。有れば、石原「皇帝」知事と組んで、無邪気な大衆を煽り、鳩山首相をIOCの珍道中に狩り立てたはずは無かった。

(以上)

 

  


2009年10月13日

NHKディレクターの問題、「からまんブログ」から

今回のNHKディレクターの問題では、相変わらず「取り上げてやっている」という傲慢な態度に原因があると思います。漫画家唐沢なをき氏の声は、我々メディアの人間にとっても、社会にとっても大変貴重なものです。

 

以下は、「からまんブログ」の先月14日のブログの抜粋と15日、18日のブログです。

 

9・14 「ネタバレになっちゃいますが」

取材のとき、ディレクターさんの質問で
「そんなに特撮の舞台裏が好きなのに、なぜ特撮の仕事につくことを目指さず、マンガ家になったのか?」
というものがありました。
なをさんは
「マンガのほうが好きだから」
と答えましたが、ディレクターさんはそれに対して、
「いや、そうじゃなくて」
と、苦笑しながら返してきました。
コレが、一番イヤだったんです。この番組、マンガの番組のはずなのに、なぜなんでマンガが好きでマンガ家になったという答えが「そうじゃない」のか。いまだに不思議ですが。

(以上)

9・15「『マンガノゲンバ』スタッフの人が謝罪に来ることになりました」

9・18「『マンガノゲンバ』の件(最後)」

 

  
タグ :NHK唐沢


2009年10月10日

「最初から不利だった東京五輪招致」大前研一



日本のメディアからは国内のことも、海外のことも分からない、とよく聞きます。それにしても、オリンピックに関する報道もひどかったです。ニュース番組の司会者が応援団になっていましたから。以下、大前研一氏のニュースの視点からです。最初から不利だったのになぜ五輪招致に動いたかという点に関しては述べられていませんが。


大前研一ニュースの視点

「最初から不利だった東京五輪招致~一過性の熱狂より長期的な都市計画を!」


東京にもシカゴにも、強い理由・メッセージが欠けていた


2日、国際オリンピック委員会は、2016年夏季五輪の開催地にリオデジャネイロを選出しました。これによりリオデジャネイロは3度目の挑戦で悲願を叶えたことになります。

一方、落選となった東京では石原慎太郎知事の求心力が低下。招致活動だけで100億円もの税金を投入し、オリンピックの会場予定地の新たな用途も見通せない状況です。

石原知事がオリンピック招致を実現できなかったことについて、「東京のプレゼンテーションはほかの国に比べて圧倒的によかったと思うが、目に見えない力学が働いていた」と述べたとのことですが、小説家の石原知事らしい表現です。小説家としてはどのようなシナリオを描くのも自由です。しかし、知事としてこの発言には疑問を感じます。

私も当日のプレゼンテーションを見ていましたが、客観的にかつ公平に見て、東京のプレゼンテーションが他に比べて良かったとは言えません。

決して流暢とはいえない英語で難しい高校の英作文のような文章を読み上げた鳩山首相、そして自己流のブロークンな英語を披露した石原都知事。いずれも褒められたレベルではなかったと私は思います。

それに対して、ルラ・ブラジル大統領の演説は素晴らしいものでした。ポルトガル語で話した内容を英語に通訳するという形式でしたが、ルラ大統領が話す言葉から発せられる「生きたリズム」のようなものが伝わってきました。一言で言えば、自然な形だったと私は感じました。

先日の国連サミットの際、鳩山首相の演説は平坦過ぎると私は指摘していたのですが、今回の演説はその時と比べてもさらに抑揚がなくリズムが悪かったと思います。

またその鳩山首相と同じくらい低いパフォーマンスだったのが、あの演説の天才であるオバマ米大統領です。

私が見るに、明らかに気合いが入っていませんでした。あのオバマ大統領でも気持ちが入っていないと、こんな演説になるのかと驚きました。

また演説の論旨展開を見ても、ブラジルが最も説得力があったと言えます。アフリカとともに南米大陸では、未だ五輪が開催されていません。

五輪の5つの輪は5大陸を象徴するものですが、そうした五輪の基本理念から考えても、五輪未開催の大陸で初の開催というのはそれだけで「大きな理由」になります。

一方、日本や米国の場合には「なぜ今東京なのか?」「なぜ今シカゴなのか?」という点がしっかりと説明されていなかったのが致命的です。

特に東京は1964年に開催されているわけですから、「なぜ2度目を開催するのか?」ということにも明確な理由が必要です。「50年ぶりだから」では理由にはならないのです。

日本勢は環境問題への取り組みをアピールポイントにしていましたが、これも「なぜ五輪と環境問題を結びつけることが重要なのか」という説明が不足していたと思います。鳩山首相が温室ガス25%減を公表したからといって、そんなことはオリンピック委員会には関係がないからです。

結局、「南米大陸で初の五輪開催」というメッセージが、オリンピック委員会や世界の人々に対して最も響く「意味」を持っていたということでしょう。

正しい情勢認識をすれば、最初から東京はなかった

結果論としてリオデジャネイロには勝てなかったけれど東京も頑張った、というのが日本のマスコミの論調ですが、私はこの意見に賛同できません。

100億円以上の税金を無駄にしたという批判以上に、築地・勝どき・晴海といった東京都にとって重要な土地をオリンピック用地という理由で今まで有効活用できない状態にしておいたことが罪深いことだと思うからです。

これほど、同地域の大きな発展の可能性を阻害するようなことをしておいて、その責任を一切取らないというのは問題でしょう。

私は以前からリオデジャネイロが圧倒的に有利だと述べてきましたが、これは過去の歴史を振り返ってみても、すぐに理解できます。例えば、ロンドン招致の際のブレア英首相、ソチ招致の際のプーチン露大統領(当時)のように、オリンピック招致にあたって絶対的な人気を誇る政治家の名演説は大きな影響力を発揮します。

今、ブラジルのルラ大統領と言えば、あのオバマ大統領が羨ましいと言うほどの絶大な人気を誇る政治家です。

ブレア首相、プーチン大統領(当時)、ルラ大統領たちが熱く世界に語りかける、そのメッセージの強さは圧倒的なものがあります。彼らに太刀打ちできる日本の政治家はいるでしょうか?

もしオバマ大統領が本気になって取り組んでいたならば、「なぜシカゴなのか?」ということを情熱的に語っていたならば、ルラ大統領に匹敵するだけの強いメッセージを残せた可能性もあると思います。しかし、日本の政治家では全く歯が立ちません。

こうした「情勢」をしっかりと見極めていれば、日本が勝てるという安易な考えを持ち出すことはなかったでしょう。高橋尚子氏などのスポーツ選手も日本の応援団に加わって「絶対に勝ちます」というような発言をしていました。

アスリートとして彼らのことを尊重したいとは思いますが、しかしそういうアスリートとして必要な心構えとは別に「情勢」を見極めることが必要だったのです。競争相手がどのような相手なのか?という基本的なことさえ、日本のチームは理解していなかったと私は思います。

また、日本のマスコミの報道のあり方にも大きな問題があったと感じています。結果としてオリンピック招致に失敗したのに、それを強く批判もせず「頑張った、あと一歩だった」という論調がほとんどです

私に言わせれば、そもそも立候補すること事態、今の東京都の立場からすれば優先順位が違います。オリンピックのようなイベントで一時的に盛り上げるのではなく、日々「人・企業・情報」が集まってくるような、毎日を活性化するような街づくりを考えることが、今の東京に必要なことだからです。

このような状況で、なぜ東京にとって重要な土地を無駄にしたという事実をマスコミが糾弾しないのか?私は非常に残念です。おそらく殆どのマスコミは電通への配慮から、表立ってオリンピック招致への反対意見を述べにくいのだと思います。電波に大きな影響力を持つ電通とあらゆる利権構造が背景に見え隠れしているからです。

現代は、間違った圧力のかかった情報にまみれています。今回の件について言えば、最初から東京には勝ち目は殆どなく、「期待できる」などと言うべきではなかったと思います。

日々私たちが接する情報、特にテレビから発信される情報には注意するべきです。それらを鵜呑みにすることなく、正しい情報と状況認識ができるように心がけてもらいたいと思います。(以上)

 

  


2009年10月10日

NHKディレクターの大きな勘違い 「からまんブログ」から


もう少し早くこのブログでも取り上げようとしていたのですが、NHKの取材を受けた漫画家の唐沢なをき氏のブログで次のようなことが書かれていました。唐沢氏はディレクターの取材に嫌気をさし、取材と放送を中止してもらったということです、もうご存知の方も多いと思いますが。取材相手の忙しいスケジュールにもかかわらず、取材に協力してもらっているのだから、このような態度はいけません。この問題からも、昨日のNHKの記者の問題からも感じられるのは、驕りだと思います。取材側なんて、ちっともえらくないのです。しかし、何か大きな勘違いをしているようです。

 

『マンガノゲンバ』の件

 

(以下抜粋)

『マンガノゲンバ』の取材、放送を中止してもらった理由ですが、この番組の取材、ほんっっっと~~~~に不愉快だったからです。びっくりしました。
なんというか、インタビューが誘導尋問的なんですよ。ディレクターさんがなをさんに質問し、それになをさんが作画しながら答えるというところを撮影してたんですが、なんか、このディレクターさん、勝手に頭の中で「ストーリー」を作っちゃってるんですよね。唐沢なをき像というか。

(中略)

 

この撮影する前に事前取材があったんですが、そのときにこちらが言ったことを、勝手に解釈して話を考えて、番組の流れを作ってるんですね。ちょっとなをさんの漫画を追いかけて読んでくれている方ならば、「なんだこれ?」と思う「ストーリー」だと思うんですが。

で、インタビューでディレクターさんの質問に対し、なをさんが彼の考えた「ストーリー」に反する答えを言うとします。すると、彼はがっかりした顔で苦笑しつつ、「いや、そういう答えじゃなくて~」と、別の答えを要求するんです。自分の「ストーリー」に即した答えを言うまで許してくれないんですよ。自分のインタビューに対する答えを、質問する前から想定してるんです。
で、結局、なをさんがストーリーに合わない答えしか言わないと、「あー、それじゃあですね!」と、なんかあからさまにイヤそーに別の質問に切り替えたりして。
このイヤそうな態度を見てると、「この漫画家、使えない答えしか言わないなあ」って思われてるような気がしてきて、早くこの場から逃れたい、解放されたいという気持ちになって来るんですよ。「ちゃんとした、良い答えがいえない俺……」って、罪悪感を感じてくるんですよ。で、つい、相手が望みそうなことを、本意でないのに言ってしまうという。……誘導尋問的じゃない?

(抜粋はここまで)

当日の全文はこちらです。

 

 


 

  


2009年10月10日

NHK記者の大きな勘違い Winny裁判で

昨日から話題になっている壇俊光弁護士のブログのリンク。

「ブログとメディアと」

 

それにしてもひどい手紙だ。ひどすぎる。上記のブログを読んでもらえれば、何度も言っている通り、大手メディアが普通のレベルの低さではないということが分かるだろう。だから、政権交代だけでは社会はよくならない。しかも、この記者は「司法の分野」担当だそうだ。ほんとうにおそろしいことだ。今後もこのような問題が明るみになってくるだろう。何かほんとうに大きな勘違いをしている記者が多すぎる。川﨑氏が話していたように、教育できる人もほとんどいないのかもしれない。

 

 

  
タグ :NHKWinny裁判


2009年10月07日

記者クラブ開放で「円滑な運営に支障が出る」?

以下はJ-CASTニュースの記事。

記者クラブ開放で「円滑な運営に支障が出る」と読売新聞の記者が言ったそうだ。
でも、どんな「支障」かは、明確に答えられなかったという。そんなもんだろう。

 

記者クラブに開放断られて 亀井氏「もうひとつの記者会見」断行

 

いわゆる「モラトリアム法案」をめぐる言動など、鳩山政権の台風の目となっている亀井静香郵政・金融担当相が「記者会見のオープン化」についても大きなアクションを起こした。記者クラブに対して会見開放を呼びかけたものの断られたため、自ら会見を開くという行動に出たのだ。

「(記者クラブは)頭が古いので、自分でやることにしました」

 

金融庁17階の大臣室で、2009年10月5日の午前11時50分から開かれた会見。亀井担当相は業を煮やした様子で切り出した。大臣室には、日経ビジネスや日刊ゲンダイ、日刊スポーツの記者にまじって、米国紙ウォールストリートジャーナルの女性記者もいた。いずれも金融庁の記者クラブに所属していない者ばかり。記者クラブ主催の会見のすぐ後に開催された「もうひとつの会見」だった。

「結構、封建的なことをやっているのだね、あなたたちは。もう、全部オープンにいかないとだめだよ」

 

一週間前の9月29日の定例会見で、亀井担当相は記者クラブの記者に向かってこう語りかけ、会見のオープン化を提案した。金融庁の会見は記者クラブが主催しているため、だれを、どのように参加させるかの決定権はクラブが握っているのだ。

 

財務省と金融庁をカバーする記者クラブ「財政研究会」では9月30日に総会が開かれた。同クラブの規約では、クラブに加盟していない記者は幹事社の承認があった場合にオブザーバーとして参加できるが、オブザーバーなので質問する権利はない。総会ではこのような規約を変えるべきか話し合ったが、結局「規約は変えずに、従来通りの運用とする」との結論を出した。

 

それを受けて、亀井担当相は記者クラブ主催のものとは別にもう一度、フリーランスや雑誌・ネットの記者に向けて、自分主催の会見を開くことにしたのだ。

「これは画期的なことですよ!」

 

会見終了後に、同席した大塚耕平・内閣府副大臣が亀井担当相に話しかけると、亀井担当相は

「どんどんオープンにすればいいんだ。隠すことなんてないんだから」

と応じていた。

「オープンにすると、円滑な運営に支障が出る」??

 

開催方法はまだ試行錯誤の段階だが、閣議の後にまずクラブ主催の会見に出席し、その後、自ら会見を開くというスタイルがしばらく続くことになりそうだ。

 

その分、記者クラブ主催の会見が短くなることも考えられる。ちなみに10月6日の会見は、いずれの会見も30分ほどでほぼ同じ長さだった。

「同じようなことを2回やるんだから、非効率的ですよね。クラブがオープン化を認めるほうがよほど合理的だと思うんですが・・・」

と会見に参加したフリーランスライターの畠山理仁さんは苦笑していた。

 

それにしても、なぜ、クラブ以外の記者に質問権が認められないのだろうか。幹事社の読売新聞の記者に取材すると、

「外務省方式のようにすべての記者にオープンにすると、会見の円滑な運営に支障が出る恐れがあるため」

という答えが返ってきた。では、具体的にどのような事態が想定されるのか。さらにたずねたが、明確な回答は得られなかった。

 

他の省庁のクラブでも、大臣からの要望という「政治主導」で記者会見の開放が検討されている。総務省の記者クラブでも近日中にクラブの総会を開き、会見問題を協議する予定だ。現状のような「外部の記者には質問権なしのオブザーバー参加のみ認める」という姿勢のままでは、日本新聞協会が掲げる「開かれた記者クラブ」とはとてもいえないだろう。はたしてどんな結論が出るのか。

(以上)

 

  


2009年10月06日

「政権交代でも思考停止の日本メディア」

少しありふれた批判だが(なので、正直言ってあまりおもしろくない)、一応、ニューズウィーク日本版で出ているということで掲載。まだ読んでいない方で、ご興味のある方のために、ちょっと掲載が遅れたが。この批判の中に、なぜ、ここまで日本のメディアがひどいのかという理由がもう少しあればいいのにと思う。それは、今後このブログでも述べていきたい事だが。

 

政権交代でも思考停止の日本メディア

2009年9月28日(月)ニューズウィーク日本版

 

今週のコラムニスト:レジス・アルノー

 

トイレを修理してもらうために呼んだ業者にこんなことを言われたら、どうだろう。「うーん。ちょっと待ってください。セカンドオピニオンを聞かないと」。さらに悪いことに、医者にこう言われたら?「おかしな病気ですね。医者を呼んできます!」


8月30日の総選挙で民主党本部に詰めていたとき、私の頭に浮かんだのはこんなバカげた光景だった。日本のジャーナリスト5人に、次々と同じ質問をされたのだ。「政権交代をどう思いますか」

 

そういう疑問に答えるのが、ジャーナリストの役目ではないのか。そもそもそのために給料をもらっているのでは。その場に居合わせたイギリス人ジャーナリストが私に言った。「よくあんな質問に答えましたね。あんなものはジャーナリズムじゃない。日本の記者はただ騒いでいるだけ。今夜、この国が根本から変わったことを理解していない」

 

総選挙を境に日本は根底から変わった──ただし、メディアをのぞいて。私は前回のコラムでも日本のジャーナリズムについて書いたが、この選挙報道を見た後では、もう一度取り上げないわけにいかない。社会に吹き荒れる歴史的変化の嵐にも、メディアだけはどこ吹く風なのだ。

 

仲が悪い外国人記者と日本人記者

 

 

岡田克也は外務大臣に就任した直後ついに、外国人やフリーランスのジャーナリストに記者会見の門戸を開いた。悲しいことに、日本人記者から排他的な記者クラブ制度の廃止を求める声が上がることはめったにない。日本人記者と外国人記者は、残念ながら仲が良くない。国内のジャーナリストが海外のジャーナリストを締め出す国など日本だけだ。だがオープンな民主党とは、外国人記者のほうが日本人記者より親しい場合もある。

 

日本の主流メディア「ムダ話党」は健在だ。朝日新聞編集委員の山田厚史など独自の見解をもつ一握りのジャーナリストをのぞく主流メディアを、私はムダ話党と呼んでいる。頭を使わずただ社会の動きを記録する監視カメラのようなものだ。過去数十年間、自民党の歴代首相が君臨した官邸執務室に入る鳩山由紀夫総理の姿を撮影しながら、NHKの記者は何を思っていたのか。ひょっとしたら、政権党が民主党に変わったことも知らなかったのではないか。

 

日本の報道機関はその規模と仕事熱心な姿勢で名高い。だが知性あふれる人材を多数そろえながら、ここまで非生産的なメディアも珍しい。やる気のなさは、まるで冬眠中のクマ。けれどもひとたび──めったにないことだが──獲物が現れるや、一撃で残酷に息の根を止める。

酒井法子被告をたたきのめしたのもそうだ。テレビ局はヘリコプターまで動員し、謝罪会見に向かう酒井の車を追った。ヘリを飛ばすのに1分いくらかかると思っているのか。二酸化炭素をどれほど排出するか。それだけの価値がある情報なのか。人をリンチするのが報道なのか。

 

ムダ話党の意見はその場かぎり。記憶力もない。10分しか記憶できない金魚みたいなものだ。昨日まで官僚から情報を仕入れていたというのに、一夜明ければ「国民の敵」としてよってたかってたたく。「天下り」は今や金正日(キム・ジョンイル)やオウム真理教より憎まれている。会食の席で「私は官僚です」などと自己紹介したら、新型インフルエンザの患者みたいにぞっとされるだろう。「事務次官」なら、間違いなく八つ裂きだ。

 

客観性は無定見の口実にならない

われわれが新聞に期待するのは世の中の出来事を解き明かしてくれることであって、理解の妨げになることではない。だが日本の報道機関がやっているのはまさに後者、インフルエンザ騒動がいい例だ。新政権にとって新型インフルエンザは最も憂慮すべき問題の1つだと朝日新聞は書いたが、それはちがう。多くの報道機関と同じで、朝日も危険性と感染力を混同している。新型インフルエンザはたしかに感染力がとても強い。だが致死率は通常のインフルエンザとそれほど変わらず、重病ではない。

 

新聞の仕事は、今後の政治の見通しを読者に理解させること。そのためには、自らの立場を明らかにしなければならない。客観性を口実にどっちつかずの態度を取ることは許されない。八ッ場ダムの建設は中止するべきなのか。霞が関の「埋蔵金」はどこにあるのか。真に自立した外交政策は、どうしたら打ち立てられるのか。

 

9月18日、イランのマフムード・アハマディネジャド大統領が、ホロコースト(ユダヤ人大量虐殺)は作り話だと発言した。これに対し、ドイツの外相はアハマディネジャドはイランの恥だと抗議した。この件に関して、岡田外相に意見を求めた記者が1人でもいるだろうか。メディアにはこうした問題に光をあててもらわなければ困るのだ。

 

総選挙の晩、私は「これで日本も普通の民主主義国家になりましたね」と、日本人記者に話しかけた。彼女は困った顔をした。「『普通』ってどういう意味ですか?」「二大政党が交互に政権を取る国家、政治家が国民に対して責任をもつ国家です。今まで日本の民主主義は異常だった」。私の言葉が飲み込めないらしく、記者はそそくさと逃げていった。