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2009年02月25日

雇用のミスマッチ(4)472倍!吹田市の採用

経済対策として吹田市が緊急に採用試験を行ったところ、5人の枠に2782人が応募、2362人が受験したという。
「年齢制限を撤廃したこと」で40代以上の応募者が30パーセント以上となったというが、それでも対象は59歳までとしたという。行政も企業もいつまでも年齢差別をするべきでない。経験豊富な人材確保のためには「年齢制限」などいらない。つまり、差別してはならない。なぜ差別するのか?とてもシンプル。現在組織の中にいる人々の雇用、あるいはその地位を守るためだ。
公務員や会社員の知り合いがいつも口にしているのは「うちのところは使えない人ばかり」。
会社に入った若者の多くが口にする言葉は「会社に手本となる人がいない」「会社に尊敬できる人がいない」。
では、なぜ、彼らが仕事を持っているのか?これこそがミスマッチだ。
吹田市の採用試験に合格する方々に会ってみたい。それこそ「優秀」なのか、それとも今、現在の吹田市の職員を困らせないためにも「そこそこ」の方が合格するのだろうか。



  
タグ :社会雇用


Posted by take at 14:46Comments(0)雇用

2009年02月25日

雇用のミスマッチ(3)「鈍感な記者の『ヘロヘロ』報道」

リベラル21というブログに素晴らしい意見があった。
しかし、職を失い、職を求めている人が溢れているこの時代、これほど「鈍感」でも高給取りで知られる新聞記者になれるのが日本の不思議なところだ。日本で最も雇用がミスマッチである分野の一つがテレビ・新聞・通信社などのジャーナリズムであり、これが日本の悲劇だ。それにしてもいつまで人々は新聞を購読するのであろう。
以下リベラル21からの転載。
《小さかった中川の「ヘロヘロ」会見報道》
半澤健市 (元金融機関勤務)
 中川昭一前財務・金融相辞任の直接の原因は、09年2月14日のローマにおけるG7後の白川日銀総裁との共同記者会見で「ヘロヘロ」(または「もうろう」)となって、まともな問答ができなかったことである。その場面がテレビと写真で世界に配信されたからである。
ところが、「ヘロヘロ」会見は、最初、日本の新聞に極めて小さく報道されただけであった。東京の日刊紙が最初に報道できたのは、2月16日(月)の朝刊である。私がチェックした限り、同日朝刊6紙の報道は次の通りである。
・朝日 安川嘉泰記者署名の記事。社会面。
・読売 矢田俊彦記者署名の記事。経済面。
・毎日 藤原章生記者署名の記事。二面。
・産経 AP記事転載と読める記事。二面。
・日経 藤田剛記者署名記事。経済面。
・東京 共同電の記事。総合・核心面。
読売は写真がなかった。他の5紙には、中川1人または白川日銀総裁と2人の写真が載っている。写真は全てAPのクレジットがあり、日本人カメラマンはいなかったようである。なお、「スポーツニッポン」と「スポーツ報知」は2紙とも、6段ほぼ全面のスペースを割き、写真(AP)も2種類を掲載した。
《職務放棄、職業的怠慢ではないのか》
 情報量が比較的多いスポーツ紙を除き、記事はいずれも短いもので問題の重要性を認識していたとは感じられない。つまり日本の新聞社は「極めて小さく報道」したのである。一面トップでもいいスキャンダルに対して極めて鈍感である。日本人記者はその場で中川に向かって「あなたは健康に問題がないのか」「酒を飲んだのか」「午前までの国際会議中もそんな風だったのか」と聞くべきであった。それをしなかったのは職場放棄、職業的怠慢だと思う。その後、私が各紙の報道を読んでわかったことは次の通りである。
・G7初日である13日夜の、中川と財務省幹部の懇談(軽食だという)には、男性2名女性2名の記者(うち1名は読売)が同席した。懇談会は深夜0時半まで約1時間50分におよんだ。中川はジントニックを3、4杯飲んだ。14日の会議は午前8時半開始であった。
・14日の中川の昼食には、財務省幹部、通訳のほか読売新聞女性記者1名(13日の同席者)が同席した。中川がワインを注文して少量を飲んだ。
・14日の昼食と「ヘロヘロ」会見の間に約15分間、ロシアのクドリン副首相兼財務相と会見したが、その時も「ヘロヘロ」状態であったらしい。同席したロシア外交官は、中川は「頭のスイッチが切れたようだった」と語っている。
・「ヘロヘロ」会見後には、中川は予てからの計画通り、バチカン市内を約2時間観光した。まだフラフラしていて、触ってはいけない「ラオコーン」像に素手で触れて警報装置が作動した。
《何故こうなるのだろうか》
 本件フォローの過程で各紙は、外国メディアが興味本位に報道していることに話題を転じていった、また中川の酒癖は以前からだと書いている。バチカン観光での失態などは一週間も遅れてやっと報道した。「他人事のように言うな。お前の問題だろ」というのが、私の率直な印象である。
何故こういうことになるのか考えてみた。いくつかのケースが考えられる。
第一に、記者が問題の重要性を認識せず小さな報道でよいと思ったのではないか。つまり記者が能天気だったと私は思うのである。
第二は、記者は「ヤバい」事態だと考えて意識的に報道をしなかったのではないか。つまり外国記者からコトが露呈すると想像できなかったと私は思うのである。
第三は、記者は記事を出したが記事選択の過程で縮小されたのではないか。何らかの自主規制が働いたのであろうと私は思うのである。ナアナアの仲で記者は批判的な記事を書けるのであろうか。しかも、多くの記事が「中川の酒癖はみんな知っていたことだ」などと書いている。立花隆が田中角栄のスキャンダルを暴いたときと同じセリフである。
 『東京新聞』の「応答室だより」は読者の反応を伝えるコラムである。2月19日の同欄は「中川前財務相に非難殺到」を見出しにしている。その中に「日本が笑いものになったのに、本紙の第一報の扱いは小さすぎた」という読者の声があった。
同じく『東京新聞』夕刊のコラム「大波小波」(2月20日)は次のように書いている。
▼記事というより映像が放映されて問題視されたわけだ。現場のペン記者たちは酩酊会見を一つのニュースと感じなかったのか、との疑問を多くの人が持つ。まともな質疑ができない財務相の態度をただす質問は、テレビで見る限りなかった。/映像の威力をあらためて感じながらも、ペン記者の力の衰えを憂慮する。
新聞記者は大臣と飯を食うために同行するのか。報道すべきことを報道しないで良いのか。これが私の結論である。
(以上リベラル21からの転載)  


Posted by take at 01:22Comments(0)雇用